キリスト道
キリスト教からキリスト道へ
その1
華道,茶道、柔道、日本の文化を語るときに、「道」という言葉で、日本人の文化を示しました。日本人は物事を極めるときに、教えから、道へと、その表現方法を変えていきました。たかがお茶の飲み方、しかしそれを教わることで、日本人の文化の礎である礼儀、謙遜、情緒、を 茶道という完成された日本文化で示し築きあげてきました。たかがお茶を飲む仕草、されどお茶への深い洞察力、心の現し方が問われるという文化を茶道は示しました。この独特の完成された日本特有の文化がわからないままで、他文化の宗教であるキリスト教を提供しても、その他文化で完成された宗教を受け入れることを日本人はできなかったのではないでしょか?
キリスト教が日本人に受け入れられていない原因(0.2%の布教率)は、外国の宣教師が持ち込んだ宗教的価値観が、それまで日本ではぐくまれていた大和文化と著しく異なっていたためで、日本人はこの外来宗教に「No」といったのです。普段はすぐにNoといわない日本人をここまで頑なに否定させたキリスト教の間違いは何だったのでしょうか?これを分析せずに、キリスト教の布教はできません。しかし日本に来た宣教師は、戦後そのありあまる経済力で、何とかキリスト教を彼らの概念のままで伝道しようとしました。またその姿勢は戦後66年変えませんでした。キリスト教を持ってきた側は、持ち込まれる側の文化を理解するどころか、日本文化を否定し国民の信じる宗教を偶像礼拝として切り捨ててしまったのです。この上から目線の宣教態度(プライド)が問題ですが、宣教師は言葉の問題も文化の違いも受け入れることをしませんでした。この言葉の弊害と伝える側の意識のはき違いが、現在のキリスト教布教率0.2%の原因ではないかと考えます。外国の宣教師が日本文化を文化として受け入れていれば、キリスト教はもう少しちがう姿で受け入れられていたのではないでしょうか。片言の日本語を話す宣教師が、日本人の心を捕らえることはできませんでした。根本的な日本宣教への「甘え」が外国人宣教師にあったのです。片言宣教師は片言の福音を提供したのです。それは日本人の優しさがもたらした結果でもあります。外国人だから日本語は話せないのが当たり前、この思いやりに甘えた結果が戦後の片言宣教師を作り上げ、キリスト教を片言宣教師の外来宗教として定着させてしまったのです。
しかしどうして日本人は8世紀に入ってきた外来宗教の仏教にはYesといいながら、同じ外来宗教であるキリスト教にNoといったのでしょうか?
提案 キリスト教をキリスト道にする
方法 日本文化の全否定から肯定へ
外国人中心の宣教から日本人の日本人による日本人のための福音伝道をキリスト教会が始める必要があります。
言葉の違いより影響力があったのが、文化の違いということを片言宣教師は理解できていなかったようです。従ってキリスト教を人類が信じなければいけない唯一の宗教として日本人に押しつけてきました。これに同調したのが日本人牧師で、外国の宗教だから外国のやり方でいいという先入観があったようです。残念ながら布教時に資金のある宣教師のやり方に待ったをかける日本人牧師もいませんでした。キリスト教の盲点となっているのは、キリスト教を外国のキリスト教のまま伝えようとしたので、日本人には外国の宗教のまま現在も推移しています。外国の宗教という概念を取り払わない限り、日本人にとってはキリスト教は蚊帳の外状態となるでしょう。これはアメリカの日本人にも言えることです。キリスト教はアメリカ人の宗教という概念が移民してきた日本人に根付いています。キリスト教はユダヤ教から発生した、アジア発祥の宗教です。ですから本来は日本人にとっては受け入れやすい宗教でありアメリカ人には理解しにくい宗教でした。ではどうしてアメリカでキリスト教が受け入れられ、日本では受け入れられなかったのでしょうか?アメリカ人はキリスト教をコンテキストライズしたのです。
歴史を見ると
日本で仏教が入ってきた8世紀、それまで土着宗教(神道)しかない日本で外来宗教である仏教が日本にきました。最澄(天台宗開祖)と空海(真言宗)が中国に行って持ってきたのが仏教です。日本人が地元中国で習ってきた宗教です。外国人がきて伝えたのではなく、2人の日本人が日本人に必要な教えと考えて紹介したのが仏教でした。特に空海の教えは当時の日本人に受け入れられました。同じ仏教でも大衆に広かった形のものと、宗教として受け入れられなかった仏教があったのをご存じですか。
どうして空海の真言宗が一般に受け入れられて大衆仏教となったのでしょうか?
空海は当時日本大衆に必要な教えを提供したのです。これをコンテキストライゼーションといいます。
それまで難しいといわれていた中国仏教の教えを、大衆レベルに日本文化にあわせて簡素化した結果、仏教への信頼を大衆が持ち、結果的に爆発的に各地に浸透していった。字が読めない大衆でも、「南無阿弥陀仏」と唱えるだけでいいと教えたのが空海でした。大衆の必要に合わせて、仏教を日本風にコンテキストライズしたのが真言宗でした。
この方法をキリスト教が21世紀の日本人に応用することができれば理想的です。
外国の宗教のままでキリスト教を伝道しても限界があることに気がついていません。また片言の宣教師では限界がありました。それは言葉だけではなく文化の理解が片言宣教師ではできないからです。言葉の理解ができない人が、その国の文化を理解することはできません。また本格的にキリスト教を宣教するには、言葉も文化も同じ日本人がキリスト教を外国の影響なしに伝えて行く必要がありました。日本人牧師が空海のように、日本人にあったキリスト教(キリスト道)を日本文化に沿って提供しない限り、キリスト教が日本に根付くことはないでしょう。コンテキストライズされたキリスト教の提供をするために、日本人牧師の必要性が本当の意味で日本人宣教に必要です。
キリスト教をキリスト道にできる人が日本に出てこなければ、福音は日本人に伝道できないでしょう。明治時代にはこのキリスト教をキリスト道にする試みがありました。内村鑑三が無教会運動を始めたときです。しかしこれも当時のキリスト教会から弾圧されて、大きな運動にはなりませんでした。キリスト道が真理の道であることは、聖書にも書かれています。それを最後に示していつか現れるだろうキリスト教をキリスト道にする日本人牧師を楠は待ち望んでいます。
イエスは彼らに言われた「私が道であり、真理であり、命です。誰でも私を通してでなければ、だれ一人父のみ元に来ることはありません。」 ヨハネの福音書14章6節
2012年8月12日
内陸帝国日本人教会牧師 楠 秀樹
「私が道」とイエスは言われました。キリストは道です。イエスの語ったのはキリスト教ではなく、キリストの道です。それは天につながる一本道です。細く時に険しい道ですが間違いのない、天に通じる唯一の道です。
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