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日本の教会がコロナで学ばなければならないこと (変化への対応)

  日本の教会がコロナで学ばなければならないこと (変化への対応) 世界でコロナ禍になって1月で一年になりました。これまでの常識が常識ではない世界が見えてきています。  これまでの日本の常識が覆り、新しい常識が生活に浸透してきています。例えばマスクの常時携帯、装着、電車の時差通勤、またはテレワークの普及、不要不急の外出の制限 等自由に動くことができません。日曜日の礼拝も制限されています。これは一年前にはなかった生活様式です。  ではキリスト教会はどのように変わらなければいけないのでしょか? 普通の礼拝がZoomやLineによる オンライン形式の礼拝は一年前にはなかった礼拝の形です。コロナ禍が過ぎても、このオンラインでの礼拝は続けられていく必要があります。それは日本の新しい常識にオンライン礼拝がなるからです。これまで日曜日は絶対に教会に行くというクリスチャンの価値観は変えられます。  今までの教会生活は、聖日礼拝主義が信仰を示すいわばバロメーターでした。しかしコロナ禍後は聖日礼拝主義は後退し、礼拝の概念が変わります。21世紀のキリスト教会の形はいつでもどこでもどの時間帯でも、神へ礼拝ができる環境を整備することです。なぜならばあと 3 0年もすれば、教会に行って礼拝するという形はなくなり、それぞれの家でバーチャルリアリティーによるオンライン礼拝が常識となるでしょう。私たちの孫の世代は博物館となった礼拝堂を見て「昔は大きな教会に行って礼拝をみんなでしていた」と驚きながら話すでしょう。  会堂建築という言葉は死語になり、イエスキリストをテレワークならぬテレ礼拝(将来はもっと複雑な通信システム)VRリアリティーで礼拝するよになるでしょう。この後 10 年で教会というコンセプトが変わるからです。今までクリスチャンが教会堂をシンボルとしていたことが、過去の価値観になります。初代教会も教会堂は持っていませんでした。また礼拝は日曜日だけではありませんでした。初代教会に回帰することになります。毎日のように初代教会は交わりを信徒らの家で礼拝を持っていました。それがネット配信で実現できるようになりました。信仰生活の方法が違う形で提供されるので、神との関係を維持していくのは今よりも容易になります。また牧師とつながることを信仰と思い違いしている信徒もいますが、つ...