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弱さに現れる神の力

2012年月16日 日曜日礼拝説教 主題聖句 第2コリント人の手紙12章7-12節 説教題 弱さに現れる神の力 先日エンジェルスの野球に行きました。オークランドと最後のペナントレース、ワイルドカード出場権をこの2チームで争っているのにもかかわらず3連敗をして今期は絶望的です。唯一いた日本人ピッチャー元巨人軍の高橋投手もファーム落ちになり、日本人ファンにとっても残念な年です。また野球に行く前に友人宅によりました。アズサパシフィック大学教授Chamberlain教授宅です。そこで3歳になるアイゼヤ君が私のことをMr.先生と呼ぶんです。これはChamberlain教授が私を「先生」と呼んでいるためで、子供は私の名前は先生であるから、Mrを頭につけてPoliteに呼んだ結果がMr.先生となりました。本当にかわいいので思わず微笑みました。  クリスチャン大学の大学教授に先生と呼ばれるこのわたしはいったい何者なのでしょう? 大学教授から先生とよばれていい気になっている姿は、サタンが高慢になってるのとだぶります。高慢になるのは罪人ですから簡単ですが、遜ることはなかなかできません。自分が本当は何者かを理解すればHumble になれます。このような聖書の真理を教える立場の私が、こどもにもMr先生と呼ばれているのは皮肉です。人間は自分から謙遜できないので、パウロのように棘が与えられることを学びました。しかもその棘はサタンからの使者(偽教師)でることを聖書から学びました。この偽教師または偽預言者の共通する態度が、「私は極めている」と自分で自分を持ち上げている人です。つまりMr先生です。Mr.先生はすこし危ない人ですね。  ここで聖書を見てゆきましょう。第2コリント12章7-10節 テーマはPower in Weakness(弱さに現れる神の力)聖書で「恵み」という言葉は150回使われています。この恵みの意味は?神からのえこひいきという表現、つまり神から恵みを与えられるに値しないものが、恵みを受けると言う意味があります。罪人でありながら神からの恵みを一方的に受けるのがクリスチャンです。罪人のままでも神が働くことは本当に恵みです。恵みは自分が弱いときに働く力です。キリストを知るものに働く聖霊の力は、人間力が弱くなり、神によりすがるほか方法がないときに働く力です。 パウロは...