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8月, 2012の投稿を表示しています

神との関係

私たちの普段の生活を脅かす出来事が最近多く起きています。 自然災害が世界中で起きています。 東日本大地震、アラバマの竜巻、メキシコでの地震、ミシシッピー川の洪水、ABCニュースでは、歯車がかみ合っていないという表現をしていました。まさしく何かが狂いはじめているようです。 政治的にはオサマビンラディンがアメリカの海軍特殊部隊(SEALS)により殺害されました。リビアではカダフィ大佐が自国民を爆撃しています。北朝鮮では核兵器を造ろうとしてプルトニュームを集めています。イラク、アフガニスタン、イスラエル、シリアでは戦争が続いています。誰か止めなければ重大な結果を招くでしょう。 世界的に政治的にも歯車が合っていません。 経済的にはどうでしょうか?アメリカは100年に一度の不景気でカリフォルニアの失業率は10%を超えています。日本も長引く不況で経済的に光が見えていません。大卒の就職率が戦後最低でした。仕事があることだけで恵みを感じるこのごろです。 霊的にはどうでしょうか?5月21日にラプチャー(携挙)キリストが戻ってくるという偽予言者が現れています。もちろんキリストの再臨は誰もいつかは解りません。解らないことを予言とするのが罪人です。騙されないようにして下さい。 歯車がかみ合わないのは、地球の自然だけではありません。  人間関係でもかみ合っていないのが現代の家族です。あなたはあなたの夫または妻とまたは子供と何の隔たりもなく会話できますか?あなたの仕事関係の方と心おきなく自分の意見を言えますか?近所の方と境界線を越えて交わっていますか? 教会の信徒同士でも、不信感をもっていることがありませんか?あなたの子供はあなたを心から信頼していますか?  人間関係もかみ合っていないので、関係にひずみが起きるまたは関係が冷えてくる経験をしていませんか? この関係の改善または修復はどのようにしてできるのでしょうか?本日は関係改善策を聖書から見てゆきます。 マタイの福音書18書24節~35節 決算が始まると、一万タラントの負債のある者が、王のところに連れられてきた。 25) しかし、返せなかったので、主人は、その人自身とその妻子と持ち物全部とを売って返すように命じた。 26) そこで、この僕はひれ伏して哀願した、『どうぞお待ちください。全部お返...

エリヤの訓練

インランドエンパイヤ￾内陸帝国￿日本人教会 2012年8月12日 オリンピックに思うこと  木曜日になでしこJapanとアメリカチームの決勝戦がありました。国籍はアメリカ人ですが、日本を応援していました。この試合で一番感動したのは、日本が負けたことです。今まで見たサッカーの試合で初めて、イエローカードが一枚しかでなかったのです。この2つの国は、スポーツマンシップにのっとりほんとうにフェアープレイを90分間しました。だから負けても感動できました。凄いチームを日本は持っています。負けていると普通はフラストレーションからフィジカルになりがちなサッカーの試合ですが、なでしこJapanはその名の通り、大和なでしこを代表するチームでした。ですからすがすがしく負けてくれました。負け試合で感動したのは初めてです。  オリンピックもサッカーの試合しか見ない私ですが、どの国の試合を見ても感動します。それは一つのことに打ち込んでいる姿が美しいからでしょう。また自分にはできない身体能力をもっているので、それをうらやましくも思い、また苦しい練習の結果見られるゴールがすばらしいから感動します。特に個人的にはミドルシュートが好きです。ピッチからゴールに突き刺さるようにはいるゴールを見るとスッキリします。最近はサッカーがマイブームとなっています。  聖書でも普段の訓練が本番で生かされます。 第一列王記18章  18章で旧約聖書に出てくるエリヤは偶像礼拝するバアル礼拝の予言者450人と戦い勝利得ました。バアル礼拝をする祭壇には火は降りてきませんでした。しかしエリヤの動物の生け贄は多くの水をかけられながら完全に燃え尽きる天からの火で焼き尽くされてしまいました。またバアルの予言者は全員殺されました。450対1の試練に打ち勝った瞬間です。 第一列王記18章23節彼らは、私たちのために、二頭の雄牛を用意せよ。彼らは自分たちで一頭の雄牛を選び、それを切り裂き、たきぎの上に載せよ。彼らは火をつけてはならない。私は、もう一頭の雄牛を同じようにして、たきぎの上に載せ、火をつけないでおく。18:24 あなたがたは自分たちの神の名を呼べ。私は主の名を呼ぼう。そのとき、火をもって答える神、その方が神である。」18:25 エリヤはバアルの預言者たちに言った。「あなたがたで一頭の雄牛を選び、あな...

キリスト道

キリスト教からキリスト道へ その1 華道,茶道、柔道、日本の文化を語るときに、「道」という言葉で、日本人の文化を示しました。日本人は物事を極めるときに、教えから、道へと、その表現方法を変えていきました。たかがお茶の飲み方、しかしそれを教わることで、日本人の文化の礎である礼儀、謙遜、情緒、を 茶道という完成された日本文化で示し築きあげてきました。たかがお茶を飲む仕草、されどお茶への深い洞察力、心の現し方が問われるという文化を茶道は示しました。この独特の完成された日本特有の文化がわからないままで、他文化の宗教であるキリスト教を提供しても、その他文化で完成された宗教を受け入れることを日本人はできなかったのではないでしょか? キリスト教が日本人に受け入れられていない原因(0.2%の布教率)は、外国の宣教師が持ち込んだ宗教的価値観が、それまで日本ではぐくまれていた大和文化と著しく異なっていたためで、日本人はこの外来宗教に「No」といったのです。普段はすぐにNoといわない日本人をここまで頑なに否定させたキリスト教の間違いは何だったのでしょうか?これを分析せずに、キリスト教の布教はできません。しかし日本に来た宣教師は、戦後そのありあまる経済力で、何とかキリスト教を彼らの概念のままで伝道しようとしました。またその姿勢は戦後66年変えませんでした。キリスト教を持ってきた側は、持ち込まれる側の文化を理解するどころか、日本文化を否定し国民の信じる宗教を偶像礼拝として切り捨ててしまったのです。この上から目線の宣教態度(プライド)が問題ですが、宣教師は言葉の問題も文化の違いも受け入れることをしませんでした。この言葉の弊害と伝える側の意識のはき違いが、現在のキリスト教布教率0.2%の原因ではないかと考えます。外国の宣教師が日本文化を文化として受け入れていれば、キリスト教はもう少しちがう姿で受け入れられていたのではないでしょうか。片言の日本語を話す宣教師が、日本人の心を捕らえることはできませんでした。根本的な日本宣教への「甘え」が外国人宣教師にあったのです。片言宣教師は片言の福音を提供したのです。それは日本人の優しさがもたらした結果でもあります。外国人だから日本語は話せないのが当たり前、この思いやりに甘えた結果が戦後の片言宣教師を作り上げ、キリスト教を片言宣教師の...

ラプチャーってなに?

2012年 8月5日 日曜日礼拝説教 インランドエンパイヤ￾内陸帝国￿日本人教会 牧師 楠 秀樹 聖句 第一テサロニケ4章12-18節 兄弟たちよ。眠っている人々については、無知でいてもらいたくない。望みを持たない外の人々のように、あなたがたが悲しむことのないためである。 わたしたちが信じているように、イエスが死んで復活されたからには、同様に神はイエスにあって眠っている人々をも、イエスと一緒に導き出して下さるであろう。わたしたちは主の言葉によって言うが、生きながらえて主の来臨の時まで残るわたしたちが、眠った人々より先になることは、決してないであろう。 すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう。 説教題 「キリストとともに戻るとは?」 先週の聖書研究で、ノンクリスチャンのかたが、キリストが戻ってくるときに、私たちはどうなるのですか?という質問をされました。確かにラプチャー(日本語では携挙)を理解しないと、この質問には答えられません。そこで聖書ではどのようにキリストの再臨を示しているのかを見てゆきます。 13節のすでに眠っている人とは、聖書的な表現で亡くなった人を現すときに使われます。ここでは死んだ人はすぐに天に引き上げられています。一部のキリスト教の異端ではソウルスリープ、キリストの再臨まで魂は眠っていると考えられていますが、聖書にはない概念です。このソウルスリープはすでに眠りについた人をそのまま直訳して間違いを起こしたので、原語のギリシャ語にある意味、眠っている=すでに死んでいる を理解していません。日本人には比較的わかりやすい表現で、永眠という形で 眠る=死 を文化的に理解できます。しかしアメリカ人にはわかりにくい表現のようです。 人間の魂は死ぬと同時に天に行きます。これは十字架にキリストと一緒についた強盗の一人がキリストを神と信じました。そこでキリストは「今日あなたは私とともにパラダイスにいる」(ルカ書23章43節)と話されたことでも証明できます。イエスは私が地上に帰ってくるまで寝ていなさい...