神との関係


私たちの普段の生活を脅かす出来事が最近多く起きています。
自然災害が世界中で起きています。 東日本大地震、アラバマの竜巻、メキシコでの地震、ミシシッピー川の洪水、ABCニュースでは、歯車がかみ合っていないという表現をしていました。まさしく何かが狂いはじめているようです。
政治的にはオサマビンラディンがアメリカの海軍特殊部隊(SEALS)により殺害されました。リビアではカダフィ大佐が自国民を爆撃しています。北朝鮮では核兵器を造ろうとしてプルトニュームを集めています。イラク、アフガニスタン、イスラエル、シリアでは戦争が続いています。誰か止めなければ重大な結果を招くでしょう。
世界的に政治的にも歯車が合っていません。
経済的にはどうでしょうか?アメリカは100年に一度の不景気でカリフォルニアの失業率は10%を超えています。日本も長引く不況で経済的に光が見えていません。大卒の就職率が戦後最低でした。仕事があることだけで恵みを感じるこのごろです。
霊的にはどうでしょうか?5月21日にラプチャー(携挙)キリストが戻ってくるという偽予言者が現れています。もちろんキリストの再臨は誰もいつかは解りません。解らないことを予言とするのが罪人です。騙されないようにして下さい。
歯車がかみ合わないのは、地球の自然だけではありません。
 人間関係でもかみ合っていないのが現代の家族です。あなたはあなたの夫または妻とまたは子供と何の隔たりもなく会話できますか?あなたの仕事関係の方と心おきなく自分の意見を言えますか?近所の方と境界線を越えて交わっていますか? 教会の信徒同士でも、不信感をもっていることがありませんか?あなたの子供はあなたを心から信頼していますか?
 人間関係もかみ合っていないので、関係にひずみが起きるまたは関係が冷えてくる経験をしていませんか?
この関係の改善または修復はどのようにしてできるのでしょうか?本日は関係改善策を聖書から見てゆきます。
マタイの福音書18書24節~35節
決算が始まると、一万タラントの負債のある者が、王のところに連れられてきた。
25)
しかし、返せなかったので、主人は、その人自身とその妻子と持ち物全部とを売って返すように命じた。
26)
そこで、この僕はひれ伏して哀願した、『どうぞお待ちください。全部お返しいたしますから』。
27)
僕の主人はあわれに思って、彼をゆるし、その負債を免じてやった。
28)
その僕が出て行くと、百デナリを貸しているひとりの仲間に出会い、彼をつかまえ、首をしめて『借金を返せ』と言った。
29)
そこでこの仲間はひれ伏し、『どうか待ってくれ。返すから』と言って頼んだ。
30)
しかし承知せずに、その人をひっぱって行って、借金を返すまで獄に入れた。
31)
その人の仲間たちは、この様子を見て、非常に心をいため、行ってそのことをのこらず主人に話した。
32)
そこでこの主人は彼を呼びつけて言った、『悪い僕、わたしに願ったからこそ、あの負債を全部ゆるしてやったのだ。
33)
わたしがあわれんでやったように、あの仲間をあわれんでやるべきではなかったか』。
34)
そして主人は立腹して、負債全部を返してしまうまで、彼を獄吏に引きわたした。
35)
あなたがためいめいも、もし心から兄弟をゆるさないならば、わたしの天の父もまたあなたがたに対して、そのようになさるであろう」。


 人間関係も神との関係も、問題があるので悪化します。問題の原因を把握しないうちは解決方法が見えてきません。病気と同じです。疾患の原因を知って初めて、どのように治療できるかが解ります。千恵子の原因不明の湿疹はバクテリヤによる院内感染が原因でした。ですから抗生物質で治すことができました。これにいつまでも湿疹用の軟膏を塗っても直りません。人間関係も同じ原理です。関係の回復は、原因の追及をして初めてできます。原因が分からなければ回復はありません。
 では問題の原因をどこに見いだすかです。病気であれば病原体をつきとめればいいのですが、人間関係に病原体はあるのでしょか?
 人間関係ではほとんどの場合 恨み ねたみ そしみ 嫉妬、 自分の価値観から反する人を見るともつ違和感があります。あの人は私の価値観とは違うものをもっていて、社会的にまた倫理的に許せない価値観で動いていると感じるのが原因です。深層心理を分析すると上っ面の原因は恨みつらみそしり嫉妬ですが、もっと奥深い何かが原因としてあります。恨みねたみそしみ嫉妬は千恵子の湿疹と同じです。上に出てきているのは問題の一部です。体の中に原因があります。バクテリアとして潜んでいるものです。根本的な人間関係での原因は相手が悪いと言っているうちはそれが見えません。
 ではこの解決方法です。残念ながら自分の力または知恵では解決できません。ほとんどの場合は奥深く意識自体を押し潜めています。
 これは神の癒しが必要です。神によって癒される経験で、自分の立場が見えます。人間にはできませんが、神にはできる治療法があります。そのために十字架に架かったのがキリストです。
神との関係ではもっと明確に原因が見えます。
 キリスト教は宗教ではなく、神と人との関係の再構築をする手段です。従って神との関係が改善されるとその方法を使って、横のつながり、つまり人と人との関係の改善策が与えられます。逆に言えば神との関係改善なしには人間関係の改善は難しいでしょう。神との関係の回復がどうして人間関係の回復になるのかお話しして終わります。
 神が人となって2000年前にイエスキリストとして現れたのは、神との間にあった関係が罪によって崩れていたからです。それの再構築のために神でありながら人となったキリストは、自らの死をもってこの関係の回復を図りました。十字架によるあがないは、神との関係の回復が目的でした。贖うという概念が日本人にないので理解しにくいですが、支払うことのできない借金を神が代わりに払った言えばわかりやすいでしょう。しかしその代価がキリストの命であったのです。私たちの借金(罪)の形に十字架に架かったのがキリストです。
十字架でのあがないが神との関係修復に必要であったのです。
 この提案を受け入れることが、信仰をキリストに持つことです。つまり私の罪のために十字架に架かったのがキリストと信じる信仰を持つことで、私たち自身の借金の返済をしなくても天国に入れるようになります。支払いはすで十字架で2000年前に完了したからです。無償で天国に入れるのが私たちですが、、神にとっては自分の子供の命が架かっていました。これが福音(グットニュース)です。
ここで無償で許された経験をすることで、今度はその借りを横の関係で返すように聖霊が働きます。無償のあがないでありますが、私たちは私たちに負債(負い目)がある人の借金を許すようにチャレンジされます。神によって許されてた大きな借金を同じように人々にも許すように示すのがキリストです。
 これがなかなか信仰があってもできないのが現実です。自分の払いきれない借金(罪)は無償で主人から許されたのに、他人の罪は無償ではどうしても許せないのです。ここが人間(罪人)の人間(罪人)たる由縁です。罪があるので許せません。小さいときのいじめっこを今でも思い出すと許すことができません。もう40年も前のことですが、できていない自分を見て時に信仰を持っていることを恥ずかしく思います。どうして許せないのか?相手はやったことを忘れているか?私の存在自体を覚えてもいないでしょう。いつまでも昔の借金(罪)に縛られているのは、相手ではなく許していない自分です。
多くを許されたものは、その分多く恵みをいただいています。神に委ねることで、許されただけの自分から許すものに変えられます。変えて下さるのに努力や行いは必要ありません。がんばるとできません。ありのままを委ねるのがキリスト信仰です。普段の生活があなたに戻ります。普段通りに生きることが本当は一番の幸せです。普段通りに生きるには、普段から恵みの中に生きることです。あなたは神に100%委ねていますか?がんばるより委ねる方が難しいのをあなたは知っていますか?自分の力ではコントロールできないからです。人生のコントロールを神に100%委ねてできるのが人を許すことです。お祈りします。

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