クリスチャン光線’


クリスチャン光線

聖霊の賜物の一つに「霊を見分ける力」があります。霊を見分けると言うと霊媒師みたいな表現でキリスト教らしくないですが、悪霊を見分けるというのではありません。そうなるとハリウッドのエクソシストのようです。ちなみにエクソシストはカトリック教会の宗教行事で、プロテスタント教会(福音派)では行われていません。人間が霊にとりつかれるという概念が聖書の時代とは違うからです。当時2000年前はADHDやてんかんは悪霊の仕業と勘違いして、霊を払うことをしていたようです。しかし21世紀に入って、これらの現象が脳の疾患やDNAの傷が原因であることが解ってきました。カトリック教会でもだんだんと人間の精神的な構造が解り、エクソシストをする回数は減っています。それでも未開地に行けば霊媒師がいるので、彼らのために取りなしの祈りはするようです。
さて私の言う霊を見分ける力とは、聖霊の働きのうちにある賜物を指します。
霊の賜物なので与えられている人といない人がクリスチャンでもいます。霊の動きに敏感な人は、その人の霊的な必要がカウンセリングをしなくても解るらしいのです。私にはない賜物ですが、牧師にはほしい賜物のひとつです。そんな鈍感な私もある思いが時々与えられます。それは人と出会った時に感じる、心にいるキリストの霊を感じる時です。クリスチャンと話していると感じるものがあります。この人の中にキリストが生きているという直感です。これをわたしはクリスチャン光線と勝手に呼んでいます。
今回家を直すのにいろいろな人と出会う機会がありました。そのなかで電話でも対面しても、その人の中にキリストがいるという確信、クリスチャン光線を発している人と出会うのです。その確信を与えられると、心に平安が与えられます。昔のことわざで、ツーカーの仲、言葉を交わさなくても相手の心理が解る現象のことです。
またその反対に、クリスチャンのミーティングや初対面のひとで、紹介される時に「私はクリスチャンです」という方と出会います。しかしこの自称クリスチャンから、聖霊の臨在を感じない時があります。19年前に中国に行った時に父の葬儀を大連市でしました。その時に共産主義の中国政府側から準備されたのは20名のクワイヤーと牧師2人がいました。彼らと名刺を交換しながら思ったことは、クワイヤーの人々とこの牧師らに、クリスチャンであれば感じる聖霊の臨在が感じられなかったことです。本当に彼らはクリスチャン?と思いました。とくに牧師と話していても伝わってこないのです。霊の一致がないのです。
同じことがインランドエンパイヤ教会に来たゲストにもありました。礼拝の後に自己紹介しますが、そのとき「私はクリスチャン」と自己紹介する方がいます。しかし私の霊はその言葉と裏腹に、その方の心にいるはずの聖霊を感じないのです。長年牧師をしていますので、クリスチャン光線を感じる時と感じないがあります。クリスチャンであるナイは私が決めることではありません。またその方を裁いているのではありません。しかし自称クリスチャンが何を根拠に自分はクリスチャンと言っているのか疑問に思いました。その方にあなたにとってクリスチャンという定義は何ですかと聞き返すこともできませんので、クリスチャンという自己申告を信じるようにします。その方の心にキリストの臨在がないのは寂しいと思いました。霊の一致がわたしの中にありませんでした。わたしがクリスチャン光線を感じないのでクリスチャンではないと言っているのではありません。クリスチャンであるかどうかは、私が決めることではないからです。
 救われているかいないかを裁くように私たちは造られていません。したがって霊を見分ける力が伝道や牧会にどのような必要があるのかは別問題です。クリスチャンと自己申告しなくても周りから見て、たくさんクリスチャン光線を出している方がいます。私の場合牧師ですが、未信者の方から保険会社の外交員?と言われたことがあります。大変的を得た表現であると思いました。私からはクリスチャン光線はでていなかったのでしょう。自己紹介しなくても光っている人っていますね。早くその霊的境地になりたいと思います。有名な牧師または苦労を通ってきた宣教師に出会った時に感じる後光がクリスチャン光線?なんか表現がいまいちですが、そのような方と出会うと、私の霊は喜びます。これからもいろいろな出会いがあるでしょうが、私が外に出て行った時に、楠牧師が眩しくて見えない?と言われたいと思います。(最近頭は薄くなっているので時間の問題?)でもモーゼが神と出会った後、彼の顔は輝いていましたが、時がたつにつれて輝きがなくなり、しまいには輝いていないのを隠すように顔にかぶり物をしていたという話があります。一度輝くと失いたくないのが輝きですね。栄光を求めるのは人間の欲の一つでしょうか

インランドエンパイヤ日本人教会牧師 楠 秀樹

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