無責任なリバイバルへの観測

無責任なリバイバルへの観測

アメリカから見ていると、日本の教会のいいところも悪いところも見えてきます。一つ気になるのが日本の教会が現実を見つめようとしない傾向にあることです。日本の教会は現状を見つめて、現在の霊的現状を把握し分析する必要を感じます。リバイバル運動においても、日本の教会にリバイバルをと言う前にしなければならないことがあります。諸悪の根元はどうして教会が伸びていないのか、どうして日本人が1%以下の改心率であるのかを、分析しないでリバイバル集会というかけ声を掛けている団体があることです。これは無責任な信徒を惑わす売名行為です。原因を見つけてその原因の対策を立てることがキリスト教指導者の任務です。しかしリバイバルといういわばおいしい言葉で信者をあおり立て、キリスト教の集会に信徒を集めているのはもはや詐欺に近い犯罪です。現実的な日本の教会の問題は高齢化した信徒と少子化における教会学校出席率の低下を含む教会存続への有無であり、リバイバルというレベルの問題ではすでになくサバイバル(生き残り)が問題です。ピントが全く外れています。罪とは的はずれという意味がありますがそれが当てはまります。
さて問題提議の後に個人的な解決方法を示したいと思います。アルコール依存症が回復するのに必要なことが、自分はアル中であることを認めることで回復へ向かうように、日本の教会が本当にリバイバルを求めるときに必要な姿勢が、正確に現状を把握し分析する勇気です。単にリバイバルが起きてほしいという観測や願望で、つまりビジョンを持ってリバイバルしようと言うかけ声ではじまるのが日本のリバイバル願望説です。しかし神はもっと現実的に日本の教会を変えようとされているのです。日本の教会はリバイバルの前に大きな霊的手術が必要です。これをしなければ教会は時間の問題で消滅します。(すでに日本でのキリスト教会の社会的存在感は失われているので、消滅という言葉は合わないようにも感じます)リバイバルと言う言葉で先導するのではなく、「悔い改め」と言う基本的なキリストの教えに戻るべきです。                                                                                         
アメリカから見ると悔い改めないで新生を試みているのが日本の教会またはキリスト教団体です。日本の教会指導者が、まず第1に謙り悔い改めたときに、真のリバイバルが起きるのです。1%未満の改心率を自らの責任であると認め悔い改めたときに、聖霊が働くのです。日本でリバイバルという言葉を聞くと、人が起こそうとしている運動のようにも見えます。しかし真のリバイバルは神から与えられるもので人間が始める運動ではありません。間違って先導されている日本の教会員も気の毒ですが、自己陶酔方キリスト教指導者が売名行為ともつくリバイバル提唱者となっています。私には危険な霊的落とし穴に見えます。あまりにも簡単にそして意図的にリバイバルという言葉を使う方の中には、日本のキリスト教教会の持つ歴史的責任を理解されていません。過去の責任を清算しなければ真のリバイバルはないからです。日本のキリスト教が衰退する傾向はこれからも続くでしょう。消滅する前に気がついてほしいことです。

最近アメリカではやっているのは目的主導型の教会運営です。サドルバック教会のリックヲレン牧師が書いたベストセラー「目的主導型人生」という本が一般の読者にも受け入れられ、本の勢いを元に本格的に伝道を広めた結果、外に向かう信仰が内にも働き相乗効果で教会の信徒にリバイバルが起きています。そばの教会で神の働きを目の当たりに見て本当に驚くばかりです。日本にない指導者と日本にない信者が日本にないリバイバルを形成しています。リバイバルの雛形とするなら、目的主導型伝道はいまの日本のノンクリスチャンにも大変受け入れやすい伝道方法となると思います。
ひとつ疑問点は日本の教会に目的主導型伝道を受け入れられるキャパがあるかです。サドルバック教会の日本人信徒はアメリカで成功したこの運動を日本でも用いることができきるようにPEACEプランという宣教プランを元に、日本の教会を変えようという試みをしています。前回のエッセイで示したように、60年間霊的束縛にある日本の教会で悔い改めがないうちにはどのような宣教プランも霊的な恵みを受けることができないことです。現状の日本の教会があるのは、方法論が悪いので日本にリバイバルが起きていないのではなく、根本的に日本の教会の持つ霊的ジレンマが歴史的にあるという事実を見抜いていません。またアメリカの日本人信徒にそれを見抜けというのも無理な話です。日本の信徒もわかっていない霊的束縛であると楠は考えます。(楠の唱える神学説は罪のある教会は成長しない )                                                                                            日本の教会は内から変えられる霊的環境がそろっていないという前提をアメリカの日本人は把握できていません。私個人はどのようなアメリカ的伝道方法を持っていっても効果は限られていると分析しています。日本で必要なのは、アメリカの教会で用いられている伝道による方法改革ではありません。リバイバルの絶対的なかつ究極的大前提は、「悔い改め」です。これをしないでマーケッティング(宣教)の方法を変えても結果は同じです。日本はリバイバルを受け入れる霊的地盤ができていないのです。ですからリバイバルの火が点きません。もちろん神の特別な介入は牧師なので想定内です。しかしたとえ神の特別な介入(divine intervention)があっても、地盤とする信者に悔い改めがなければ、長続きするリバイバル運動とはならないでしょう。
 結論は「悔い改めなきリバイバルは真のリバイバルにならない」です。日本のクリスチャンが変えなければならないのは環境でも牧師でも伝道方法でもありません。一人一人が神の前にへりくだり悔い改めることが真のリバイバルへの登竜門であると楠は考えます。キリストが再臨する前に現れたのは、悔い改めなさい」といったバプテスマのヨハネです。日本で必要なのがこのヨハネさんです。今ヨハネさんは日本のどこにいるのでしょうか? 遠くはアメリカより祈っています。

インランドエンパイヤ日本人教会牧師 楠 秀樹

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