ひきさがれサタン

 
ここに出てくる有名な聖句は、ペテロがキリストに叱られるところです。「ひきさがれサタン」この個所の理解の仕方は大きく二つあります。第一はペテロにサタンが乗り移って、神の計画を阻止しようとしたケース。しかしペテロはすでにキリストを神と信じてクリスチャンです。聖霊を持つ者にサタンが乗り移ることはできません。クリスチャンは守られています。安心してください、私たちがサタンの支配下にはいることはありません。もう一つは神の計画ではなく人間の思いをペテロが示した可能性です。ペテロはキリストがメシアであると確信しています。ペテロにとって自分たちのメシアが死ぬことはあり得ないことです。せっかくイスラエルのために来たメシアが、死んで3日目に復活するというシナリオはペテロにはありませんでした。
 
キリストはペテロをサタンと呼んでいる理由は、原語のギリシャ語を理解すると解りやすくなります。サタンは神に敵対するものという意味です。人間的な思いでキリストを見るペテロを一番強い形で叱ったのです。

 
神の計画はv21 「苦しみを受け、死に、そして3日目に蘇る」
人間の計画はv22「そんなことがあなたに起こることがありません」
 
神の計画を阻止しようとしたのはサタンです。実際は人間の持つ罪がペテロを動かしています。すべての罪は神に敵対するからです。キリストが地上に来た目的は、罪のない神が人の罪のために十字架につくことです。私たちの贖いの生贄になるため人間として生れてきました。神の計画は十字架での死です。人類の救済計画が一人子の十字架での死です。ここで人類救済を阻止しようとしているのがサタンです。

 キリストは神で父なる神と同一格ですが、エンジェルの生まれ変わりとか、預言者の一人とか、仏陀の生まれ変わりという方もいます。勝手にキリスト像を作り上げています。これも人間の計画です。神はキリストを十字架にかける計画を持っていました。 人間を創造する前からあった計画です。

 キリストは神の計画を実行することが目的で地上に送られました。それを阻止しようとしているのがこの世の支配者サタンです。神の計画を阻止しようとするならば弟子でもサタンは使うでしょう。キリストはそんな神の計画を阻止しようとするサタンをペテロに見たのです。
 
V23 「あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている」

キリストがメシアと確信のあるペテロは、メシアの死は考えられません。ですが十字架で生贄になる計画が神の計画です。サタンの目論みはキリストが十字架にかからないようすることです。それは十字架での死がなければ全人類が罪に定まることを彼は知っているからです。キリストの計画を阻止するものはサタンの仲間です。人間の勝手な思いでキリストを見るとペテロと同じように、キリストを十字架にかけないように働きます。十字架での死がなければ、人類の罪の贖いはないからです。サタンはそれを阻止させるために、いろいろな罠をキリストにかけます。一番弟子のペテロさえも例外ではありませんでした。

 私たちの生活で神の計画が反映されているでしょか。神の計画以外に地上で何物も動きません。人間は自分勝手に計画し、明日はどこの町に行って金儲けをしようと思います。しかし神の計画でなければどこに行こうとなにしようと実りのある結果にはなりません。私たちの人生の設計者は神だからです。人間は自分勝手なことを言いまた行います。人生の成功のカギは従順に神の計画に従う生活です。しかし人間には罪があるので、神の計画に反抗します。最初の人間アダムも神の言葉を無視して、禁断の実を食べてしまいました。罪のないアダムでさえ、神の意志に反することをします。であれば生れながらにして罪人が、神に反することをしないわけにはいかないでしょう。人間の勝手な思いは人間の創造時から変わっていません。
 
人間の身勝手の象徴が、今アメリカで一番流行っているNAR (New Apostolic Reformation使徒的宗教改革)運動です。 昨年1214にカリフォルニア州Reddingのベテル教会で、賛美リーダー、カーリーの一人娘オリーブが突然死しました。そこで主任牧師ビルジョンソンは、この子を生き返らせる祈りをしようと賛美祈祷会を5日間行いました。5千人いる教会員はオリーブが生き返るように祈り、また世界中のNARを信じるクリスチャンに、オリーブが生き返るようにと呼びかけました。その結果は1週間後オリーブの葬儀で収束しました。よみがえりの奇跡は起きませんでした。

神の計画は オリーブの死でした。彼女を生き返らせることは計画にありませんでした。

人間の計画は 彼女が生き返ることを世界中のメンバーに見せて、自分たちのNAR運動が正しい
ことを示そうとしました。NARの牧師は、スーパー使徒と呼ばれ、奇跡や預言をし、オリジナルの12使徒のように死者も蘇らせるというのです。スーパー使徒という概念は妄想で,21世紀に使徒はいません。奇跡も預言もすべては聖霊の働きで使徒の力ではないからです。NAR自体が神の計画ではありません。サタンの仕掛けた罠です。
 このベテル教会には生き返りを信じるグループがいて、墓地に出かけては「イエスキリストの御名により墓から出てきなさい」と祈っています。まだ誰も生き返ってはいませんが、狂信という言葉が当てはまるグループです。私たちが蘇るのは十字架の贖いを信じる信仰で蘇ります。人間の勝手な祈りで蘇るのではありません。神以外に人間を蘇らせることはできないからです。蘇りの主がイエスキリストです。
意味のある人生を送るには、真の神から遣わされた一人子イエスキリストを信じ信仰をもって神の計画に従うことです。従うとは神の計画に従って歩むことです。あなたは歩んでいますか神の計画の中を?
 
元インランドエンパイヤ教会牧師いま社長

   秀樹

 

 

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